かの少年の瞳に映る希望は、自分にとってはとても眩しい。それでいて、時々吸い込まれそうになってしまう。それではいけないという自制の心は常に自分の傍にある。傍にあるのに、やはり時々どこかに消えていってしまう。
自分は希望を捨て置いたのだ。一度捨てたものなのだから、拾ってはいけない。まして、受け取るなど。自分の中に希望はいらないから、捨ててきたのだ。そう、彼に、見出すだけで十分だ。いらないものだと言い聞かせる。
望まなければ失望に苛まれないだろう。違うのか。
「悟飯さん!」
小さな体が、体当たりするように正面から飛びついてきた。考えごと、というよりそれすらも忘れてぼんやりとしていたため、一瞬驚いた。それを隠すように何、と聞いて穏やかに笑う。
「今の、話。聞いてた?」
「聞いてたよ」
本当に、と訝しげに見上げる瞳とかち合った。不安げな眼とは裏腹に青い瞳はやはり希望に満ちていて、眩しかった。その眩しさに思わず目を閉じる。それでも笑顔は絶やさずに、ああ、と短く返事をした。
しかし、それでも少年は不満のようで、抱きついた腕の力を強めた。重心の変化に少しよろけて、近くあった窓に手を付いた。痛くはないが、少し苦しい。抱きつかれたところが、というより、胸が。
それを紛らわすように手を付いた窓を見ると、外は少し暗い。反対に中は小さなランプの明りで少し明るい。窓には外よりも、自分達の姿の方がよく見えた。
そうして他に意識を飛ばしていると、下からねえ、と催促する声が聞こえてきた。
「じゃあ……返事してよ」
聞いていた質問の答えは、まだ用意していない。トランクスは答えてもらえなかったことが不満だったらしい。眉を寄せて、怒っているのか悲しいのか、複雑な顔をしていた。普段じゃれ付いて来られるのと同じような感覚だった。思わず苦笑して、トランクスの頭を撫でる。だが、やはり答えは用意できていない。
いや、そうではなかった。用意してないのではない。彼の望む答えを言うことができないのだ。
「うん……ごめん」
見上げてくる真摯な瞳にも、それしか言うことができなかった。卑怯だとは分かっていた。だが、その瞳は見られない。その返事も返せない。
好きだと言われても。
トランクスは顔を歪め、何か言おうと口を開いた。が、それは声を発することなく閉じられた。そうしてそのまま悟飯の胸に顔を埋め、肩を震わせた。
泣いているのか。それは分かったが、それに対してかける言葉が見つからない。
いつもなら何か言うべき言葉があるはずであるのに、頭の中に浮かんでこない。むしろ、言わなければいけないものと真逆の言葉が浮かぶ。いけないという理性に反して口から現れ出ようとする。
「…僕は、悟飯さんのこと、好きだよ…悟飯さんが、僕を好きじゃなくても…」
「…そんなことは……」
ないよ、と言おうとして、顔を上げかけたトランクスの頭に手を置き、抱き返した。それ以上は言わない。その真摯な気持ちに応えられないことを情けなく思うが、もっと、深刻な問題だった。せっかく捨てたものを拾ってどうする。
本当は。自分の想いに心を託してしまいたいし、彼に身を委ねて、傍に居たいとも思う。だが、それは甘えという感情だった。この小さな肩に寄りかかる、とても、そう、よくないこと。
相反する感情はどちらも自分を締め付けて、自制心はその姿を潜めてしまっている。
こんな顔は見せられないと、光を反射する窓を見て思う。窓の向こうの、苦笑した赤い顔。
望まなければ失望に苛まれないだろう。違うのか。違いはしない。ただ、自分はそれでは駄目だったようだ。希望がなければ生きていけない生き物で、どうしようもなく寂しくて、辛かった。
きっと、もうそろそろ限界が来ている。
”僕は、悟飯さんのこと、好きだよ…”
「………っ……」
それでも、この感情だけは言えない。言ってしまえばどうなることか想像はつかないけれど、きっと駄目になってしまう。見上げられないほどに、ぎゅっとトランクスを抱きしめた。
最後の悪足掻き。
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