頭の奥で何かが途切れた音がした。もしかしたらそれは逆で、何かが繋がった音なのかもしれない。ただ、目の前に現れた光景に、これは夢だと瞬時に気づいた。夢だと分かっている夢を見るなんて不思議だ、とトランクスは思った。
目の前には黒い髪の少年が、トランクスには背を向ける形で蹲っていた。黒い、長い髪である。癖のある髪は一つに束ねられていた。そうして濃紫の服を身に付けた肩は、腕と連動して上下に動いていた。
少年が蹲るその地面は少し湿っていて、柔らかそうな土のように見えた。そのために、少年の服は少し汚れている。少年が見る先の土は、掘り起こされた跡があった。その場所を、少年は丁寧に均していた。掘るための道具も、均すための道具も、少年の手にも周りにも見えなかった。全て少年の小さな手でしているらしく、爪の間に土が入り、手は汚れ、赤くなっていた。
埋めているのか、と思った。
何かは知らないが、この少年は何かを埋めているのだと、トランクスの頭に確信めいた考えが過ぎった。しかし、
「……何を?」
音にして出してから、まずいと思って口を塞いだ。なぜかは分からないが。今の声が少年に届いていないよう、祈った。しかし、祈りは通じなかったようで、少年はぴくりと肩を震わして手を止めた。そうして首だけをゆっくりと回して、トランクスの方に目を向けた。
虚ろな黒い瞳、限りなく白に近い色の頬。可愛らしい顔立ちをしているにも関わらず、その顔に恐怖を覚えた。いや、表情に、である。
少年は微笑んだ。本当にこの少年は子供かというほど、静かで、乾いた笑みだった。既視感。だが、その感覚は少年の言葉によって遮られ、二度と戻ることはなかった。
「……大切な」
笑みのまま口を開き、言葉を紡ぐ。声を聞き、トランクスは逃げ出したくなった。ああ、やはり聞いてはいけないものだったと、すくんだ足を恨めしく思いながら。
「たいせつな、ひと。だよ」
その言葉を、聞いた。
少年は立ち上がって、やはり笑ったまま服に付いた土を両手で払った。汚れた手で払っても意味はないようで、トランクスが見る限りあまり変わっていなかった。やがて少年は、やはり緩やかな動作をもってトランクスの方へ振り返った。髪が、揺れる。
「汚いや」
少年は自分の服を摘まんで目を落とし、呟いた。紫がさらに濃く、黒く変色しているようだった。
できるだけ手に付いた汚れを落とそうと、パン、パン、と両手を打ち鳴らすが、服と同じく効果はないようで。それを感じた少年は、急に歩き出した。トランクスに背を向け、闇の中へと歩みを進め、トランクスの視界から消えていった。
動けなかった。少年が目の前から消えるまで、足が震えて動かなかった。何度も、何度も逃げたいと思いながら。怖い、わけではなかった気がする。それでも、逃げなければ、何か取り返しの付かないことになりそうで。それでも、それでも。
足が、動き出した。真っ直ぐに、少年を追って歩き出した。
少年の姿は見えない。だが、少年の辿った道がどこか、なぜかトランクスには分かっていた。見えない道を、真っ直ぐ歩いていった。
ぱしゃん、ぱしゃんと軽い水の音が聞こえ出した。川が、その中に入っている少年の姿が見えた。ぱしゃん、と水が跳ねて少年を濡らす。透明な水が、少年の下流だけ泥で汚れていた。紅く染まっていた。
トランクスは、迷うことなく少年に近づいていった。そうして、ばしゃ、と川の中に入っていった。その音で、少年もトランクスに気づいた。少年はトランクスを見て、また微笑んだ。手で綺麗な水を掬い、それを真上に向けて放った。雫がきらきらと舞う。ぽたぽたと少年の頬を濡らし、トランクスの頬にもかかった。
少年の着ている紫の服は、その色の鮮やかさを取り戻していた。黒く染まっていたように見えたのは、下流に流れている、赤。それが何を示すのか、分からない筈がない。
それを悟った瞬間、手が伸びた。手は少年の首を掴んで、水面に叩きつけていた。細い首。少し力を込めれば折れてしまいそうなほど。ゴボ、と巨大な泡が浮き出た。少年の顔が、原型が分からなくなるほど歪んだ。少年がどんな表情をしているのか、トランクスには見えない。抵抗はほとんどなかった。トランクスの腕を掴む手も弱々しく、トランクスの腕を振りほどくまでいかない。
しばらくして、泡の勢いが弱くなった。少年の顔は苦しげだが、力が抜けたようにぼんやりとした顔だった。
ゆら、ゆら、と、少年の姿が揺れていた。
少年はその青い目を閉じた。
少年に吸い込まれるように、トランクスは目を閉じ、水面に沈んでいった。
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