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熱の行方

「悟飯さん、暑いよぉ…」
「分かったからくっつくな、余計暑いじゃないか」

 太陽の暑さを避ける為に木陰で休んでいるはずが、トランクスが後ろから首に腕を回しているので、悟飯も暑さを避けるどころではない。互いの体温は気温よりも高いし、じっとりと汗が滲んでいる分だけ不快さも格別だろうに。
 トランクスは、悟飯に言われても離れようとはせず、意味のない唸り声を上げただけだった。何故か知り得ない悟飯は、そんなトランクスに諦めの溜息を吐いてみせるしかなかった。
 じわじわと蝉の鳴き声が近くでも遠くでも聞こえる。好き勝手に鳴いているそれにも耳が慣れてしまって、特別何も感じることのないバックミュージックになっていた。
 空には今にも消えてしまいそうな雲が少々、太陽は容赦なく照りつけて、二人を守る木はさぞ活発に二酸化炭素を取り込んでいることだろう。緑の葉から漏れる光は、時折キラキラと目に眩しく動いていた。
 ほんの少しある風は、熱気を運んでくるだけの熱風。涼しいとは欠片も感じられない。
 無下に引き離せもしないが、暑っ苦しいのは確かなので、今一度悟飯はトランクスに声をかける。

「トランクス、暑いから離れろって…」
「うー、やだー暑くないもんー」
「嘘付け」

 悟飯が汗で額に張り付いた髪を梳いてやると、トランクスは嫌がるように首を振って悟飯の手をはね除けた。その反応に、悟飯は呆れたように彼の名を呼んだ。しかし、応えはない。
 これだけの暑さにもかかわらず、こうしてくっついてくるトランクスの心情が、悟飯には理解できなかった。

「砂漠の地域ではさ、気温よりも人の体温の方が低いから、みんなくっついて涼んでるんだって」
「それは乾燥してる地域だけだろ。これだけ湿度が高かったら余計暑くなるに決まってるじゃないか」

 言い訳なのか自分の知っていることを披露したかったのか、どちらにしてもこの現状を正当化したかったのだろうが、知識量で負けることのない悟飯に一蹴されてしまった。
 だが、当の悟飯もまだ限界まで暑くはないようで、トランクスの好きにさせているので、トランクスもそれ以上何も言わなかったが。
 何故と言われれば、それは好きだからに決まっている。だからこんなに、自分も暑くても彼に抱きついているのだ。
 今は、それだけではないのだが。
 元々はそれだけの理由だったが、今では抱きついているせいで目の前に見える白い首筋に、欲情さえしている。

「!!」

 首筋に痛みが走って、悟飯は反射的に体を強張らせた。後ろで巻き付いていたトランクスが、首に噛みついて歯形まで残していた。トランクスはさらに悟飯の耳の下辺りを舐め上げ、ちゅっと音を立てて吸い付いた。
 一瞬怯んだ悟飯だったが、慌ててトランクスを引き離そうと腕を後ろに回した。だが、体勢が不利のため力が入らず、結局離せないままトランクスの好きにされていた。

「っトランクス、離せっ…」

 悟飯は弱々しく抵抗して、言葉で制そうとするが、トランクスには全く効果がなかった。そのことを感じると、悟飯は何も出来ずに、ただトランクスに与えられる感覚に堪えるしかなかった。
 きつく目を閉じ、口を結び、先程よりも汗を滲ませている悟飯の姿に、トランクスは心の中で溜息を吐いた。受け容れることもなく、拒否するわけでもなく、ただ堪えるような表情でそれを受けている。
 つまりそれがどういうことか、トランクスには解らなかったから。
 唇を離し、抱きついていた体を離した。

「…ごめんね、悟飯さん」

 汗で湿った肌に、風が通り抜けてほんの少し涼しく感じた。そもそも抱きついていた分暑かったのが解放されたのだから、涼しいのは当たり前なのだが。普通にそれを感じるより、悟飯やトランクスにはさらに冷たささえ感じられた。
 突然離れたトランクスに、悟飯は不思議そうな顔で振り返った。少し息が荒く、紅潮した顔を見ると、トランクスは胸が痛むような気がした。
 それをなるべく顔に出さないようにして、にっこりと微笑んで立ち上がった。

「修業、始めようよ」

 そう言って、太陽の下に躍り出る。殺人的な光が、肌をこれでもかと言わんばかりにチリチリ焼いていく。息苦しくさえある空気を胸に溜め込んで、軽快に悟飯の方を振り返る。
 悟飯の複雑そうな表情を見ても、トランクスは動じなかった。微笑んだまま、早く、と誘う。悟飯の、何かを言うために開かれた口が、音を成さずに閉じられた。
 気怠そうに立ち上がって、悟飯も日向に歩み出た。トランクスは変わらず笑っていた。しかし、その張り付いたような笑顔は悟飯の意外な行動によっていとも簡単に崩された。
 トランクスのいる位置まであと一歩というところで、悟飯は手を伸ばしてトランクスに抱きつき、肩に頭を乗せた。トランクスはそれにひどく驚いて、慌てて悟飯の背中に手を回した。

「ど、どうしたの、悟飯さん…」
「……っ」
 
 嗚咽のような呻きが聞こえ、抱いた背中が震えていた。

 ごめんと言った。だからそれで、この件はおしまい。そう思っていたのは、まだ子どものトランクスだけだった。
 肩に乗せた顔の、一瞬だけ見えたその表情。今にも泣きそうで、縋ってくるような眼。
 その眼を見て、トランクスは一瞬にして罪悪感を負った。戸惑ってしまい、慌てて謝罪をして悟飯を体から離れさせた。

「ごめ…ごめんなさい、悟飯さん…」
「…違…そうじゃ…」

 悟飯は顔を上げずに、トランクスの謝罪も受け取らなかった。違う、そうじゃない、と、か細い声で言う悟飯に、トランクスはさらに混乱した。
 悪いのは、と思うと、それは自分であるとトランクスは思っていた。しかし、悟飯は違うらしいことだけは分かった。それでも、悟飯が悪いことは絶対にないとトランクスは言い切れる。だから、悟飯の言っていることは理解できなかった。
 悟飯は顔を上げてトランクスの眼を見る。まるで悔いたような顔だったが、その表情が何故出てくるのかトランクスにはさっぱり分からなかった。

「……ごめん」

 顔をゆっくりと近づけて、唇を重ねる。力無くトランクスの背に手を置き、薄く唇を開いたまま、触れるような口付けを繰り返す。
 誘われるようにトランクスは悟飯の頭を抱え、深く口内に侵入する。照りつける太陽の下交わされるのは、それよりも熱を帯びた熱い口付け。
 ただ思うままに求め、与えられるという幸福に酔いながら、そのことに罪悪感すら覚えている。
 でも今は、ただその熱に溺れていく。
 それはこの暑さのせいと、きちんと逃げ道を作ってから。

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