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未来における未来再構築論

 さして大きくもない普通のシングルベッドでは、大の大人が二人で寝るには狭すぎる。しかし、悟飯とトランクスは互いに密着する事でその狭さを凌いでいた。互いの体温を感じながら、柔らかくもないベッドの上でもゆらゆらと湯船に浸かっているような感覚になる。
 外を見ると、うっすらと白んできているのが分かった。夜よりも朝に近いという事は見て取れた。
「寝ないのか?」
 ぼんやりと窓の外を眺めていたトランクスに、悟飯が声を掛けてきた。トランクスは驚いたのか怯んだのか、そもそもそんな風に声を掛けられるのが意外だったのか、目を開いてしばらく答えを返さなかった。
 ようやく反応しても、しばし考える動作をして、それからようやく口を開いた。
「明日…いえ、今日、行ってきたいところがあるんです。だから、寝たら起きれないかなって」
「…どこかに行くなら余計寝た方がいいんじゃないか?何なら俺が起こすぞ?」
「…そうですけど…」
 何か理由があって渋っているらしく、トランクスはなかなか良しとは言わなかった。悟飯は仕方なさそうに、じゃあ、と言った。
「寝なくてもいいけど、もし寝たら俺が起こしてあげるよ」
「あ、はい…」
 その返事だけ聞くと、悟飯は微笑んで、目を閉じて眠りについた。
 そんな悟飯を見て、トランクスは嬉しそうに彼の髪に触れた。柔らかい髪質は彼のものとは異なる質で、触り心地が良くて大好きだった。
 心地良い感触に呑まれて、トランクスは眠気に襲われた。

 まだ、行かなければならないところがある。
 悟飯にもばれないように、一人で行きたかったから、起きていようと思っていた。でも、この場所があまりにも気持ちがいいから。
 トランクスは、瞼を閉じて眠ってしまった。



 トランクスが目を覚ますと、すでに日は高く昇っていた。驚いて起き上がり、慌てて辺りを見渡しても、悟飯の姿はどこにもなかった。
 どこかに出かけたのかな、と思うと少し寂しくなった。
 …起こしてくれるって、言ってくれたのに。
 昨夜の事を思い出して、しかしその考えを消去しようと頭を振った。家を出て、北の空をキッと睨みつける。彼が居ない事で出来るようになった事はあった。それは、トランクスが過去に来た次の目的。
 そう、ドクター・ゲロの研究室に行って、未だ制作途中のセルを破壊しなければならない。それが、最後の目的だった。
「…どこに行くんだ?」
 飛び出そうとしたところで声を掛けられ、バランスの悪いまま振り返った。転びそうになるのを何とか堪えて、トランクスは声の元を見た。
 いつの間に来たのか、悟飯が家の壁にもたれ掛かって手を腰に当てていた。
「な、何で……」
「興味があってね、お前がどこに行くのか」
 単なる好奇心だよ。そう言う悟飯は、悪びれた様子もなく笑っていた。その言葉にも困惑したトランクスは、どう反応して良いのか分からずにただ相手を見つめた。
 今の何で、には色々な意味が含まれていたのだけれど。それすらもどうでも良くなるようなことを、次に悟飯に言われて、トランクスは驚きに声を上げた。
「…連れて行ってくれるか?今から、お前が行く場所に」
 悟飯には本当は知られたくはなかった。知らないのならば、知らないままの方が幸せだから。だが、そう言ったところで彼は付いてくるだろうとトランクスは見当を付けていた。ついでに言えば、どこかに行くと知られた時点で、付いて来る気になればいつだって付いて来られると言う事も、今気が付いた。時すでに遅し、だが。
 そうなると、トランクスには悟飯が付いて来るのを止める理由がなくなってしまった。口で悟飯に勝てると思うほど自分は達者ではない。全力で逃げても結局気を探られて見つかってしまうだろう。
 仕方なく、トランクスは悟飯が一緒に来る事を了承した。
 北の都に向かう途中、二人は色々な事を話した。わだかまりもなくなって、好きに自由に互いに話し合った。主に話すのはトランクスで、悟飯は聞くだけだったが。
 悟飯に全てを報告するように、トランクスは悟飯が死んだ後の事を主に話していった。人造人間と闘った事も、タイムマシンで過去にいった事も、その過去での出来事も。
 そうしているうちにどんどん空気が冷たくなってきて、北の都に近づいているのが分かった。もうしばらくで、到着するだろう。
 そう思うと同時に、トランクスは感じていた。もうしばらくでここの過去とも、別れなければならないという事を。セルの破壊が終わってしまえば、トランクスがここにいる意味はない。早く、なるべく早く帰らなければならないのだ。
 本当は嫌だけれど。まだ、彼と一緒にいたいのだけれど。
 北の都に到着すると、さすがに風が身を切るほどに冷たかった。雪が降っていないのが幸い。しかし、ジャージを着ているトランクスはともかく、胴着しか着ていない悟飯は寒さに身体をさすっていた。
「大丈夫ですか?」
「うん…一応ね…」
 歯がかみ合わずにがちがちと揺れている口で、それだけ返事をすると、悟飯は白い息を吐き出して下の都を眺めた。元々はある程度活気のある町だったのが、すでに半分以上が破壊されていた。過去の北の都を見た事のあるトランクスには、虚しく映った。
 都を囲んでいる山々を丁寧に見渡す。地形も変化しているために、目的地を探し出すのはかなり苦労がいった。
 ある一点が異常に破壊さえているのを見て、トランクスはそちらへと向かった。悟飯もそれに続く。よく見ると、山の内側から外に向かって破壊された跡があった。こんな破壊の仕方をするのは人造人間しか居ないし、山の中という事は、ここに空洞があり、そこから外に出ようとしたのだという事。
 トランクスは、ここがドクター・ゲロの研究室と目星を付けて、下りたってその辺りを注意深く見渡した。
 見つけたのは、過去でクリリンと共にそれを探しに来たときと同じ、地下に通じる穴とはしご。ただ、はしごは少し錆びてしまっていたが。
 そこに、トランクスは臆することなく入っていった。何も言わないトランクスを不思議に思いながら、悟飯はトランクスの後を追うだけだった。
 地下は、外よりも比較的暖かかった。それは機械が動いている熱の所為もあったのだろう。そこにあるものを目の当たりにして、悟飯はあっと声を上げた。
 ごぽっと水の中で泡が生まれ、上に上がっていく。丸いカプセル状の入れ物の中に、緑色の昆虫のようなものが入っていた。昆虫にしては巨大で、子供の大きさほどあったが。目を開ける事もせず、ただ何かを待っているようにじっとしていた。
 待っているのは成長か。
「……こいつが、過去にいるときに現れた化け物、セルです」
 また、ごぽっと泡が上った。
「こいつは、今の時代から約七年後に現れて人造人間達を吸収しに来るんです。ある未来では、俺はこいつに殺されて、タイムマシンを奪われたんです。だから、今のうちに倒しておかないと、この世界はまた…」
 そう言って、トランクスは悟飯の方を見た。悟飯も、トランクスを見かえす。
「本当は、貴方にこの事を教える必要はなかったんです。知らなくても良い事だから。俺がこいつを破壊して終わりだから、こいつを倒して、そのまま返ろうかと思っていたんですが…」
 トランクスは苦笑して、また悟飯に背を向けてセルを見据えた。誕生すれば、この時代でも驚異を振るう。完全体になってしまえば、トランクスの行った過去の悟飯にしか倒す事は出来ない。
 今のうちに倒しておかなければならない存在だった。
 トランクスの髪が、金に変化する。瞳は碧になり、力が増大する。目の前の存在を消すために。
 しかし、それは突然悟飯に阻まれてしまった。後ろから、悟飯がトランクスに抱きついてきた。驚いたトランクスは、超化したまま振り返った。
「え、ど、どうしたんですかっ?」
「うん…ちょっとね……」
 曖昧な返答をして、悟飯はトランクスの背中に頭をすりつけた。甘えにも似た動作に、トランクスは本格的に困惑した。
「うらやましい」
 呟いた言葉は、トランクスの耳にもしっかりと届いた。何が、と言う前に、悟飯は言った。
「お前は凄いよ。たった一人で、どんな事でもやってのけて」
 悟飯の言葉に、トランクスはめいっぱい首を横に振った。
「な、何を言ってるんですか?」
「本当に。だって、俺は何も出来なかったから。お前は、凄い」
 もう一度そう言うと、悟飯は顔を上げて肩越しに振り向いているトランクスと目を合わせた。しかしトランクスは、それに対しても緩く首を振った。目を伏せて、悲しそうに言う。
「違うよ、本当に凄いのは悟飯さんだ。何年も一人で人造人間と闘って、少しも弱音を吐かないで。それなのに俺は、逃げていただけだったんだ。タイムマシンを使って過去に逃げただけで、俺は何もしていない。セルを倒したのだって、悟飯さんだったんだ。俺は、過去に行っても逃げていただけなんだから……」
 何も出来なかったから、逃げた。立ち向かう事が出来ずに、逃げてしまった。でも、逃げた先でも立ち向かえないまま、誰かに甘えて逃げてきてしまった。
 何故自分は悟飯のようになれないのだろうと、ずっと悔しかった。憧れている存在のあまりの遠さに、歯痒い思いが支配した。いつかはあんな風になりたいと思いつつ、手を伸ばす事さえ出来なくなっていた。
 結局何も変わらないまま、時が流れていく。
「…トランクス、お前、いくつになった?」
 悟飯は、今までの話の流と関係のない事を言った。トランクスは不思議に思いながら、それでも答える。
「……二十三ですけど…?」
「そうか…じゃあ、俺より年上なんだなぁ」
 それを確認すると、悟飯はトランクスの肩に顔を埋めた。ほんの少しだけ、トランクスの方が背が高い。
「大きくなったな、トランクス」
「…悟飯さん…」
 成長しても、その温もりで嬉しくなるのは変わらない。
 変わらない事が嬉しいと、初めて感じた。同時に、悲しみも知ってしまったけれど。

 気を一点に集中させる。その力は光となり、悪しきものを切り裂き、弱きものに平穏を与える。
 放たれた気は、終わりを告げる轟きとなって、辺りに響き渡った。



「じゃあ…俺は帰ります」
 トランクスは廃墟の中で、タイムマシンを取り出して飛び乗った。悟飯はそれを見て、少し驚いたようにトランクスを見上げた。それをどういう意図と取ったのか、トランクスは微笑んで続きを話した。
「早く帰らないと母さんに怒られるかも知れないんで」
「……そう」
 悟飯は、少し悲しそうに微笑んで、トランクスを見送ろうとした。
「そうだ、まだ言っていなかったな」
「え?」
「ありがとう」
 言うタイミングを逃して言えなかったのだが、今思い出したかのように悟飯は言った。
「ありがとう、人造人間を倒してくれて。この世界を救ってくれて。…俺を助けてくれて、ありがとう」
 伝わる感謝と優しさ。それに胸が締め付けられて、トランクスは涙を流した。それを見て、悟飯は困ったように、ずいぶん泣き虫になったんだな、と苦笑した。
 その一言が聞けただけで、十分満足だった。
 ふわり、と機体が宙に浮いた。周りのものを時空の転移に巻き込ませないために。トランクスが下で立っている悟飯を見つめていると、彼が何やら、口を動かした。こちらに向かって、何かを話している。
「トランクス」
 口の形で、かろうじて何を言っているのか見て取れた。
「……頑張ろうな」
 ふっと、視界が途切れた。


 悟飯はそれを見て、やはり彼は未来から来たのだと実感した。自分を助けに来るためだけに。本当はそれが凄く嬉しかったし、感謝もしていた。
 でも、それを出さなかったのは、所詮自分は、彼の『悟飯』ではなかったから。
 だから、迷惑じゃないかと思って不安になっていた。「俺がお前の『悟飯』になってあげる」と言ったときも、さっき「頑張ろう」と言ったときも。
「悟飯さぁーん!」
 この時代のトランクスが、悟飯の気を見つけて、飛んでやってきた。無邪気な少年は、先程の影を背負った彼と同じ人物とはにわかには信じられなかった。
「どこに行ったのかと思ったよ、…どうしたの?」
「ん?ちょっとな」
 悟飯は小さなトランクスを見下ろし、微笑んで言った。
「トランクス、これから、きっと町は活気を取り戻すんだよな」
「うん、僕たちも沢山いろんな事をしないといけないって、母さんが言ってたよ」
「…そうだね」
 悟飯は、トランクスを見て、目を閉じる。脳裏には、先程まで居た青い髪の青年。
「…トランクス」
「うん?」
「……頑張ろうな」
 同じ台詞を、彼にも。
 するとトランクスは、満面の笑みを浮かべて、元気良く頷いた。
「うん!いっしょにがんばろうね、悟飯さん!」
 その、トランクスの言葉に、悟飯は目を見開いた。そして、嬉しそうに微笑む。
「…ありがとう」

 届く君へ、届かぬ君へ。



 次にトランクスの視界に入ってきたのは、見慣れた家のラボだった。出発したときと変わらない風景。
 目を閉じ、さっきまでそこにいた彼の姿を思い浮かべる。

 ……頑張ろうな。

 それは、確かに自分に向けて言われた言葉だった。嬉しくて、仕方がなかった。
 自分に対しても、彼はそう言ってくれた。頑張れ、ではなく。
 頑張ろう、と。
「……っあれ…?」
 知らず、また涙が流れる。この涙が何を意味しているのか、分からなかった。

 やりたい事を、子供じみた事をして、怒ってくれるから、自分はまだ子供でいられる。許してくれるから、成長していける。
 また自分は逃げていただけだったのかも知れないと、少しだけ思ったけれど。
 でも、不思議と後悔はしていなかった。



 頑張ろうね。
 一緒に。

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