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僕の見た夢

夢を見た。

悲しいときや辛いとき、よく見る夢だった。




その夢は僕の記憶の中にはないもので、
きっと僕が頭の中で勝手に作り出したものか、
僕が覚えていない過去なのだと思う。


その夢にはいつも空に月が二つ、浮かんでいた。
だのにそれ以外は何も見えない。
けれど、ただ一言だけ、声が聞こえてくる。
それは少年の声のような気がする。

いや、少女のかもしれない。
女性だったかもしれない。

とにかく、高めのトーンだったことしか覚えていない。


声の主は分からないのに、
その言葉だけは妙に記憶に残っていた。




あの子を助けて、と叫ぶ声が。















耳に残って、離れない。












振り返る少女

 緑の髪の、小さな少女。リディア。
 当てもなくふらふらと歩いているように見えて、ちゃんと興味のあるものを探している。楽しそうに店を見回って、時々長く眺めては他に視線を移す。
 小さな体の動きに、僕は自然に笑みを零した。
そのリディアの目が、体が、ある一点で完全に停止してしまった。どうしたのかと彼女の視線の先を見ると、小さな雑貨屋が佇んでいた。

「何か、欲しいものがあった?」
「え?……えーっと…」

 俯いて、恥ずかしそうするリディアは、何でもない、と答えた。
 でも、彼女の目線で大体の見当はついた。
 ショウウィンドウに飾られている、可愛い髪飾り。リディアの髪によく合いそうな、子供らしい黄色い花の飾りだった。
 僕は何も言わずにその雑貨屋に入った。リディアは慌てて後を追ってくる。
 主に頼んで表の飾りを取ってもらうと、驚いた表情の少女と目が合った。
 どうして、と問いかけるような目に、僕は微笑んで。

「リディアに、似合いそうだと思ったから」

 そう言うと、リディアは一瞬きょとんとして、すぐに嬉しそうな顔になった。ぴょこぴょこと跳ねて喜ぶ彼女を落ち着かせ、その髪に黄色の花を飾る。
 店を出て、はしゃいで走っていく少女は、途中ではっと気づいて振り返る。

「ありがとう」

 リディアは手を振って、こちらに無邪気な笑顔を向けた。












朽ちる心

「バロンが墜ちたか」

 ゴルベーザは一人、呟いた。彼にいつも付き従っているカインは、今そのバロンに向かわせている。彼の希望なのだが。
 土のクリスタル。それは今トロイアにはない。そして、少しばかり厄介な場所にある。
 厄介と言っても、ゴルベーザやその部下である四天王などにしてみれば大した問題はない。だが、手間をかけないのであればそれに越したことはない。

――ゴルベーザ様

 あの時、カインはこう言った。

――残り一つのクリスタルですが
――セシルに取って来させてはいかがでしょう
――何、こちらにはローザがいるではありませんか

 それを聞き、ゴルベーザはふと思うところがあった。驚いた、と言ってもいい。
 こんなことを言う男なのか。
 彼はそういう汚いマネを嫌うタイプの人間だと思っていた。だが、その忠誠心は素晴らしいものである。だから、主から言われて手を汚すことは厭わないが、自らを貶めることを考えるような男ではないと、思っていた。
 主のためを思ってのこと、と言われればそれまでだが、カインの瞳に浮かんでいたのは別のものだと、ゴルベーザは見ていた。
 私怨の感情。

――セシルなんぞより俺の方が上だという事を、教えてやろう

 カインは負の感情を押し込めることなく、思いのままに行動する。結果が、あの言葉。
 ゴルベーザはその引き金を引いただけだ。
 カインは歩み続ける。例えそれが、破滅への道だとしても、歩むことを止めずにはいられない。そして、ゴルベーザは決してそれを止めさせない。
 彼を止められる人間がいるとすれば、それは彼か、それとも彼女か。












例え話

 安息の不変か、苦悩の変化か。

「どっちが良かったのかしら、貴方は」

 私は、隣で眠るセシルに向かって問いかけた。
最近雑務が忙しくて疲れているみたいだったから、
起こさないようにと気をつけて、彼の銀色の髪を触る。


 例えば、の話。


 例えば、ゼムスが永遠にあの月の中心核に閉じこめられていたら。
 貴方は、お父さんと、お母さんと、お兄さんと一緒に、平和に、幸せに暮らしていたんでしょうね。
 知らなかったはずの両親と毎日顔を合わせて、
憎しみ合っていたはずの、もういなくなってしまったはずの兄と仲良く遊んで。
 陛下のことも、カインのことも知らずに、闘いに巻き込まれて苦しむことも、悩むこともなく。
 いつか、月の民達が青き星にやってきた時、二つの民達の架け橋となって。
 そして、私と、会うこともなく。

「どっちが良かったのかしら」

 私は、聞いていない人に再度問いかける。
 眠ったままのセシルと、額を合わせる。
近くにいて、触れられて、それが私の幸せ。
もしも、出会うことすらなかったらって思うと、余計に。

 でも、時々不安なの。貴方は、貴方にとっては、今の状況は本当に幸せ?
 例えば、の話は、実現することはないけれど、
もし少しでも、一瞬でも、例え話の方が幸せだと思うなら……。

「ねえ……セシル?」




 答えは、要らない。
 それでも、一緒に居させて。












夕照

 空や大地、海が真っ赤に染まり、今が夕時だと知る。昼間では考えられないような大きな太陽が、海に半分浸かっていた。ゆらりと、幻のように揺れながら、日は消えゆく。
 バブイルの塔から見る夕日は、沈むというより落ちるように見えた。ゴルベーザはそれを、わざわざ外に出て眺めていた。隣には、彼の従者であるルビカンテが立つ。
 ルビカンテは、常にゴルベーザに付き従っているが、彼が何故今この状況に立つのか、理由は知らない。というよりも、彼の行動には、ルビカンテの理解を超えるものが多い。今の状況も、その一つである。 瞳に映る夕日に、彼は何を思っているのか。眺める先に何があるのかと、臨む景色をルビカンテも同じように見た。

――まるで、炎のようだ。

 空も、大地も、海も、眼前のエブラーナの町でさえも、全て炎に包まれ、燃えているような景色だと、ルビカンテは思った。美しい、世界の終わりを見ているようで。

 ルビカンテは、景色から目を外し、己の主に向けた。と、同時に一瞬目を見開いた。
 青く発光する塔でさえも赤く染める日の光は、しかしゴルベーザには届いていないようだった。
 普段身に付けている黒い甲冑は着ておらず、今はゆったりとした、ローブのような白い服を纏っている。黒銀色の髪はそれ自体輝きを持っているかのように揺れ、その髪から覗く肌は白磁のようで、夕日を受けても少しもその顔色を変えない。銀の髪も白い肌も、その服でさえも日の赤に染まらず、そのままの姿を保っていた。
 人間らしからぬ姿を持った、魔物のような、……死人のような人。彼は本当に生きているのか、生きた人間かと、ルビカンテも時折疑問に思うことがあった。
 しかし、色素の薄い姿に、酷く不釣合いに色を持った場所があった。鮮血を含んだような緋の瞳、そこだけ彼に色を、生を与えているようだった。
 緋の瞳は、かの人との繋がりの証。何にも染まらぬ人が、唯一染まってしまった緋の刻印。その刻印が、彼の生を実感させているのだとすると、皮肉なものである。
 風が吹き、ゴルベーザの髪や、ルビカンテのマントが軽く揺れる。
 その時、ゴルベーザの口が微かに開いたのを、ルビカンテは見逃さなかった。声は全く聞こえない。が、口の動きから察すると、彼はこう言っていた。

「私は赤が嫌いだ」

 それは、独り言だったのか、ルビカンテに聞かせたものかは、判断できない。だが、心の中で困惑するルビカンテを無視して、ゴルベーザはさらに続けた。

「冷たい色だ…赤は」

 いつの間にか日は落ちて、漆黒の空が東から広がった。暗黒が景色を覆い、世界は闇のモノへ。

「…直、夜です。冷えますからお早く中へ」

 聞いていないのか、聞いていたのか。ゴルベーザは一言も返さず、表情を変えることもなく、踵を返した。彼に付き、ルビカンテも彼の後ろを歩みだした。

 最後に一度振り向くと、既に日は沈み、紺青の海が暗く波打っていた。静かに、穏やかに。
 その海を見て、ルビカンテは思った。

 彼の瞳は、夕日に染まる海のようだ、と。

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