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ハイウィンド

 竜騎士団本部。
 そう書かれた扉をノックすると、少しして一人の男がドアを開けた。立て付けの調子が悪いのか、ぎいい、ときしんだ音を立った。
 セシルを認めた彼は、にこりと愛想よく微笑んで、セシルを部屋に招き入れた。
 カインに用事のときは、セシルが竜騎士団本部によく顔を出しているので、古くから本部にいる者達は友好的に接してくる。

「どうもお久しぶりです、セシル様。カイン隊長に用ですか?」
「ああ」
「奥にいますよ。たーいちょうー!セシル様ですよー!」

 ばたん、どたんと派手な音を立てて、それに負けない大声でカインは部下を叱り付ける。その様子にセシルは苦笑した。仲が良い、と思う。飛空挺団とは別の意味で、竜騎士団は団結力があった。隊の間の意思疎通は良好で、かつ統率者との関係も良好だ。
 隊員の統率者への感情、飛空挺団のそれをセシルへの敬愛というなら、竜騎士団はカインへの親愛だった。
 早い話がアットホームな団なのだ。
 ようやく奥から顔を出したカインは、書類やら何やら手に持っていたものを適当な机に放り出し、セシルに大股で歩み寄った。

「どうした?何かあったのか?」
「いや、ちょっと……」

 口ごもるセシルに気が付いて、カインは彼を連れて奥の部屋に連れて行った。そこは竜騎士部隊長の部屋で、他の者は許可なく入って来られない。
 そんな部屋に二人で入り、ドアを閉めてから、カインはもう一度どうしたのか尋ねた。

「…済まなかった、カイン……」
「…まだそんなことを言っているのか」

 呆れたようにカインは、お前らしくもない、と溜め息混じりで言った。
 さて、この心配性な親友をどうしたものかと、カインは考える。
 二人の付き合いは長い。共にバロン国王の元で育ち、競い合って剣を、槍を手に取り、強くなっていったいわばライバルである。二人は互いのことをよく理解していた。
 だから、余計に面倒なこともあるのだが。

「僕は、陛下の命令で暗黒剣を極めた。でもそれはバロンを守るためで、罪もない人々から略奪をするためでは、なかったはずだ」

 カインは少し驚いたように眼を細めた。意外さを感じて見るカインの青い瞳は、セシルの目と合うことなく、項垂れた彼の頭頂部に注がれていた。
 果たして彼は、こんな風に弱音を吐くような男だったか、と。
 カインはセシルの肩に手を置き、諭すように言った。

「そんなに自分を責めるな。陛下にもお考えがあってのことだ。それに、俺は気にしてないさ」

 気休めかもしれない。セシルにはそんなに楽観的に考えることは出来ない。カインにもそれはよく分かっている。
 結局、そういう考え方もあるのだという例の提示でしかなく、セシルはその考え方の例には当てはまらないのだ。

「カイン、お前が羨ましいよ」

 今から性格を変えるのも、クラスチェンジするのも無理だろう。それでも、羨む心があるのも確か。せめて、自分がこういう性格でなければ。
 せめて、暗黒騎士でなければ。
 カインのように、断固として何かなりたいものがあったわけではなく、流されるように勧められるまま暗黒騎士となった自分を、セシルは酷く恥じた。

「俺の父も竜騎士だった。暗黒剣を極めれば階級も上がるだろうが、俺にはこっちの方が性に合う。それに、竜騎士でいれば、幼い頃死に別れた父をいつでも感じられる気がしてな……」
「お父さん、か」

 セシルが小さく口の中で言った単語を、カインは聞き取れなかったらしい。らしくない話をした、と少しだけ笑った。

「ホラ、お前はもう戻って休め。今日ミシディアから帰ってきたばっかりだろ」
「ああ……ありがとう、カイ……」
「わぁぁあ!!」
「……ん?」

 言いながらドアを開けかけた時、向こう側で何か重いものが倒れる音と、数人の叫び声がした。
 数センチの隙間以上動かなくなったドアからカインが覗くと、竜騎士隊の数人が折り重なるように倒れていた。へらへらと笑ってはいるが、その顔には冷や汗が流れている。ついでに口元が引きつっている。
 以上の状況から、カインが下した判断は。

「…お前等、盗み聞きしてたのか」
「いやぁ…はははは…」
「まぁ、その、何ですか?ちょっと心配だったんで」
「全く……もう少しマシな心配の仕方はないのか」

 本部全体、笑いに包まれながら、ドアの前から退いた彼らは、笑いながらもカインとセシルの顔色を伺っていた。カインは呆れてものが言えないようで、セシルはどうしたものか変わらず苦笑している。
 恐らくそこまで怒られることはないと思い、全員笑いで誤魔化しながら立ち上がった。
 暫く笑っていたセシルも、戻らなければならないことを思い出し、カインに向き直った。

「…じゃあ、僕はそろそろ帰るよ」
「ちゃんと休めよ」
「君もな」
「……あ、セシル様!」

 出口に向かったセシルを、カインは見送った。だが、部屋にいた一人が突然呼び止め、セシルは不思議そうに立ち止まった。
 彼は照れたように頭を掻き、他の隊員たちとも顔を合わせ、頷き合い、再びセシルの方に向き直った。

「大丈夫ですよ、セシル様!」
「我が竜騎士隊のカインさんと、赤い翼のセシル様が組めば、怖いもんナシでしょう!」
「だ、そうだ。さっさと任務を終わらせて帰って来ようぜ」

 言わんとしていることに気づいて、カインは笑いを噛み殺しながら言った。
 彼ら、カインと竜騎士隊の優しさに笑顔で応えて、セシルは竜騎士団本部を後にした。

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