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机上の空論

 「自分の最も大切な人が命の危険に晒されている。しかし、助けようとすると自分が命を落とすことになる。このような場合、あなたならばどうするか、答えよ。」

 突然改まった口調で話し出され、話されたエッジはきょとんと話した相手を見た。話したセシルは、よく分からないがにこにこと笑っている。

「何だそりゃ」
「うん、ちょっと聞いてみたくて」

 セシルの全く答えになっていない返答に、エッジは頭を抱えた。目の前のにこやかな青年は、一切笑みを絶やすことなく彼の答えを待っている。
 何であるかは分からないが、とりあえずそれは仮定の話である、とエッジは受け取った。今までに「最も大切な人が命の危険に晒されている」状況に、エッジ自身立ったことはない。またセシルからも、そのような話は聞いたことがない。そのため、これは仮定である、と。
 ではその答えは、とエッジは再度頭の中で考えてみる。しかし、陥ったことのない状況について考えてみても、本人も自覚する程度には良くない頭ではなかなか答えは出ない。
 仕方なしに、参考と、時間稼ぎも含めて「お前はどうなんだ」とセシルに逆に聞いてみた。セシルは「僕?」と言うと少し考える素振りを見せ、答えた。

「助けるよ」
「自分が死んでもか」
「ああ、絶対」

 にこりと一つ笑って、確定要素を入れてきた。エッジは余計首を捻る。なぜそこまで言い切れるのか、彼のことが分からなかった。そんなエッジの心情を察してか、セシルは再度口を開いた。

「昔さあ」
「おう」
「僕を助けて死んだ上司がいるんだ」
「……」
「だからかな、それ以外の選択肢が思い浮かばなくて。昔、カインにも聞いてみたんだけど……現実味がないからかな? やっぱり、僕はこれしかないと思う」

 カインが答えたのは「助けない」という選択肢だろう、とエッジは考えた。その気持ちも分からなくはない。恐らくカインの大切な人は、助けて欲しいと望んではいない。その気持ちを汲んでの言葉だ。実にいけ好かないカインらしい答えだ、とエッジは思った。だが、実際にその場面に直面して、カインが本当に「助けない」という行動に出られるのかといえば、答えは否だろう。セシルの言う「現実味がない」という言葉も頷ける。
 また、セシルの答えにも一理ある。自分の命に代えても助けたいと思うのは、大切であればあるほど強い気持ちだろう、と。だが、その人が助けて欲しいと望んでいない場合、助けた人の大切な人が当人である場合、それは不幸を呼ぶ選択肢でしかない。今の話、セシルとその上司がいい例である。

「くだらねえ」
「エッジ?」
「仮定の話、だろ」

 少なくともエッジはそう受け取っていた。相手が死ぬのも、自分が死ぬのも、仮定の話。まして、どちらか一方のみが死ぬなど。

「実際に死ぬかもしれねえって時でも、何とかなるかもしれないだろ。オレは助けるぞ。でも、オレが生きる死ぬまでとやかく言われたかねえ。オレはオレの大事な奴を助けて、オレも生き延びられる方法がないか探す。オレの大事な奴の、大事な奴がオレなら、特によ」
「エッジ……」
「その上司って奴、結構自己中だと思うぞ。オレは」

 こうして負の要素として人の心に残っているのならばなおさらだ、とエッジは思った。セシルはそれに確実に引きずられている。危険に晒された仲間を、己の危険を返り見ず庇うのも、「それしか考えつかない」という言葉も。元の性格もあるのかもしれないが、その出来事の影響を受けている可能性は高い。「自己犠牲」という名で括れば美しい。しかし、それはやはり犠牲を伴い、己だけでなく周囲にも影響を与える。
 ただし、それを断ち切るのはエッジの役目ではない。セシル自身がどうにかしなければ、どうにもならない問題だった。
 セシルはしばらく俯いていたが、顔を上げると、先程より幾分か晴れやかな顔をしていた。エッジはひとまず、それに安堵する。

「エッジって、いい奴だな」
「惚れるなよ」
「あはは、努力する」

 何をどう努力する気だ、と言ってやりたかったが、予想と寸分違わぬ答えが返ってきそうだったので止めておいた。

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