訓練の終わりを告げる声は先程響いたばかり。熱気の篭る訓練場を後にし、セシルは風に誘われるまま野外に出た。出た瞬間は陽の光の強さに眩暈がしたが、影に入ればそれ程ではない。陽が西に傾きかけている時刻で助かったと思い、歩き出す。
行き先は決めていなかった。
ただ、西日が入る自室以外に涼を求められる場所ならば、どこでも良かった。とりあえず、陽が落ちるまで避難を。
そう思うのは毎度のことで、最近ではお気に入りの場所をすでに見つけていた。セシルの足は自然とその場所に向かっていく。なるべく長くなった影に入り、日を直接浴びることは避けて。
そうしてセシルがやってきたのは、城の裏手にある湖だった。程よく木の多い茂った水辺は影を作り、湖を辿って流れてくる風は涼しい。なにより、湖面を風が撫でる音に清涼感を覚え、セシルは目を閉じた。
耳を済ませているため、後ろで草を踏む音もセシルの耳にはしっかりと入ってきた。それが誰かも、セシルには想像がつく。そもそも、ここを知っている人間は非常に限られているのだ。
「セシルか?」
「……カイン」
目を開け、振り返ると恋人の姿。格好からしてカインもまた訓練が終わってすぐにやってきたらしい。服をぱたぱたと動かして、訓練終わりの疲れた顔をしている。近づいてきた恋人のために、セシルは少しだけ影から移動した。その隣に、カインが来る。
ふわ、とカインの熱がセシルの傍で舞い上がった。それに、セシルは顔を顰める。
「暑いからあまりくっつくなよ」
「……じゃあ、少しだけ」
カインはセシルに触れるだけのキスをした。本当に少しだけで離れて、確かに体温を感じることはなかった。これは、半分は嫌がらせである。自分が近づいたことでセシルが顔を顰めたのが、よほど不服だったらしい。確かに、恋人にそれをされれば不服にもなるだろう。そう思うことにして、セシルは文句を言わずにその報復を甘んじて受け取った。
暑くはないはずなのに。すぐに離れて他に目を向けたカインに気づかれないよう、溜め息をつく。セシルの頬は、熱のせいで赤い。
「十分、熱いじゃないか」
呟きは、さらりとした風がさらう。
セシルがカインから目を離している間に、どぼん、と派手な水音がした。何事かと驚いて振り返ると、カインが膝辺りまで水に浸かっていた。もちろん、ブーツを脱ぎ裾を捲り上げて、である。いつの間に。
先程の熱も冷め、若干呆れ気味で見つめるセシルに、カインは手を伸ばした。この手を取れ、と言いたげに。
「……何してるんだ」
「お前も入れよ、気持ちいいぞ」
「子どもじゃあるまいし」
セシルが溜め息をつくと、カインは悪戯っぽい笑みを浮かべ、言った。
「あついだろ」
それは、どちらの意味で言ったのだろうか。
それを問うのもいかがなものかと思ったので、セシルは仕方なく言われたとおり水に入ることにした。そうでなければ、カインは伸ばした手でセシルを掴み、無理やり引きずり込みかねない。
セシルはカインと同じように、ブーツを脱いで裾を捲くる。差し伸べている彼の手を取り、ゆっくりと水に浸かった。
ひやりと冷たく、気持ちが良かった。日向に出てしまったが、言うほど暑くはなくなっていた。二人分の影が水辺を超え草むらまで長く伸びている。
もう夕日は沈みかけ、東の空は暗くなってきている。数刻もしないうちに夜になるだろう。いつまでも水に浸かっていては、風邪を引いてしまうかもしれない。そう思いながら、しかしその気持ちよさになかなか上がる気にはなれなかった。
「たまにはいいね、こういうのも」
「だろ」
二人は笑い合い、再度唇を重ねた。今度は、先程よりも長く、深く。
肌が涼しいと感じる風が吹く。暑さが紛れれば、熱に浮かされることを躊躇する必要がどこにあるのか。そう言いたげに、二人の影は隙間なく交わった。
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