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雨の日と掌

 雨の中で見つけた、道の端で一人うずくまっている初等学校制服姿の少年。それが知らない子供なら、彼がこの大雨の中傘を持っていなくても、何をしていても気にも留めずに素通りしただろう。だが、彼は知らない子供ではなかった。唯一互いに認め合える、大事な人だった。

「セシル、どうかしたのか?」

 湿気を帯びた銀の髪が、重たく顔に張り付いているのを掻き上げて、彼はその存在を認めると、ふと微笑んだ。

「カイン」

 カインと呼ばれた少年は、自分の制服が濡れるのも気にせず、ずぶ濡れになっているセシルに傘を差しのべた。しかし、セシルはそれを、自分に向けられた傘のふちを押し上げることで拒んだ。

「大丈夫、僕はもうずぶ濡れだから」
「……寒いだろ。いいから入れ」

 そう言って、カインはセシルの隣に座り込んで、傘のスペースの半分を差し出した。同じ体勢でもカインの方が目線が高いので、セシルは彼を見上げたままだった。カインの行動に戸惑ったセシルは、彼の肩を掴んで押し戻そうとしたが、自分がずぶ濡れであることを思い出して、ぱっと手を離す。しかし、もう彼の制服の肩の部分は濡れてしまっていた。

「ごめん…」
「別に」

 しゅんと項垂れてしまったセシルに、カインはさして気にしていないと言うように言った。だが、セシルがすぐに顔を上げたので、カインは驚いた。

「でも、やっぱりカインが濡れるのはダメだ」

 強い口調で言うセシルにカインはたじろいだが、それでもやはり彼が何をしているのか気になったので、引くことはしなかった。

「お、俺だってそんなに柔じゃない。で、どうしたんだ。こんな所で?」

 カインはセシルの制止を聞かずに、彼の方を覗き込む。セシルは困ったようにカインを見たが、仕方なく反論するのを止めて、今まで手で覆っていたものを彼女に見せた。
 小さな毛玉のように見えた。濡れていて毛がぺたんこになっていたが、丸くて小さな毛玉は、それでも少しだけ動いていた。呼吸をするたび、上下しているようだった。

「……猫?」

 大きさからいって子猫だろう。カインが毛玉の正体に気づくと、セシルはまた自分の手を猫に被せた。大切に、包み込むように。

「どうしたの、その猫」
「…ここで見つけたんだ」

 穏やかに笑い、セシルは自分の手を見た。
 凍える一匹の子猫を見つけた。子猫は一匹では生きていけないほど幼かった。食べるものも満足になく、動けなくなってその場にいたのだ。それから、雨が降ってきて。動けなくなっていた子猫にとって、雨風を凌げるものはなく、ただ震えて雨に打たれていた。
 セシルが触れると、子猫はもうずいぶん冷たくなっていた。動く力も残っていないのか、何の反応もなかった。それでも息をしていることが分かったから、せめて。
 突然の雨に打たれて、セシルも傘を持たずに家路を急いでいた。だが、見つけてしまった小さな命に、放って置くことができなくて、せめて、自分が子猫の冷えた体を温めることができたらと思った。
 でも、それはできないことだった。
 もう、この体は温かくなることはないと、分かっていた。
 セシルはそれ以来黙ってしまった。カインも何かを聞くこともなく、ただじっとセシルの手を見つめていた。
 それからどれだけの時間が経ったのか分からない。雨は弱まることなく降り続ける。カインは傘をずらして、空を見上げた。雨雲に覆われて、日が沈んだのかどうかも分からなかった。
 ぽつりと、呟くようにセシルは言った。

「……雨、止まないな」
「……そうだな」
「もう……」

 水滴が一つ、セシルの手に落ちた。ほんの少し手を外すと、子猫はもう、ぴくりとも動かなかった。

「もう少し早く、見つけてあげたら良かったね……」
「セシル……」

 悲しそうに笑う少年に、カインはどう言っていいのか分からなかった。慰めにもならないけれど、傘を持っていない方の手を、セシルの手の上にのせた。

「ごめんね。最後まで、寒い思いさせたね……」
「……そんなことないだろ」
「カイン……」
「温かいさ。多分、温かかったと思う」

 ずっと雨に打たれていたというのに、セシルの手は温かくて、心地よかった。
 この優しい掌に包まれていた子猫はきっと、温かかったに違いない。

「………ありがとう、カイン」

 セシルはそう言って、微笑んだ。泣いているようにも見えたけれど、カインは雨の滴のせいだと思うようにした。
 もう辺りは真っ暗になっていた。二人はどちらからともなく立ち上がり、カインの傘に二人で入って、家路に着いた。
 その子猫は今はもう、土の中でゆっくりと眠っている。

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