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五十歩百歩

 今はただ体を動かせば活路を見出せると――

「お前にもそんな頃があったのか」
「……何の話だ?」
「お前の餓鬼の頃なんぞ想像がつかんという話だ」

 斉藤がそう言ってやると、言われた蒼紫は不服そうに眉を寄せ、一緒に来ていた恵は小さく噴き出した。
 どうせにこりともしない可愛げのない餓鬼だったんだろ、と斉藤と恵はその姿を想像してみる。彼の幼い頃ならば、それはそれは見目麗しい少年だったに違いないだろう。が、二人の想像の中にいるその見目麗しい少年には、無邪気さの欠片もなかった。冷めた眼をして、何事にも冷静、というより無感動。本当に目の前の男を小さくしただけ、という感じだった。
 そして、その二人の想像は決して実体とかけ離れたものではないのだろう。蒼紫はそれについて特に何を言うでなく溜め息をつき、口を開いた。

「お前に言われたくない」

 切り返しは見事。その言葉を向けられた斉藤は、ぴくりと眉を吊り上げた。恵は今度は、声に出して笑いこそしなかったが腹を抱えている。今度は斉藤が、吸っていた煙草を灰皿に押し付けながら溜め息をついた。そうして反駁すべく、新しいも煙草を取り出しつつ、口を開いた。

「何を言う、俺の子どもの頃はそれはそれは素直で可愛らしい少年だったんだぞ」
「恐ろしいこと言うな」
「鳥肌モノね」

 蒼紫も恵もばっさりと切り捨て、想像することすら破棄した。むしろ想像すればそれこそ「鳥肌モノ」である。斉藤は、実はこの二人は結構似ているのかもしれない、と思いつつ煙草の煙を吐いた。
 俺のこの性格は今までの人生で培われたものだ、と一応この中で年長である斉藤が言ってみると、やあね年寄り臭いと恵に返された。が、論議の対象は今のところ恵ではない。

「お前はどうせ生まれつきの性格だろう」
「だったら何だ」
「そんなんで人生楽しいのか」
「お前の方こそ、子どもの頃など知らんが、楽しい人生を歩んでそんなにやさぐれた訳ではあるまい」
「いいんだよ、やさぐれた方が人生は楽しみがいがある」
「捻くれた考え方だな」
「……あんたたち、似たり寄ったりだってこと、分かってる?」

 恵が呆れたように二人の間に入った。斉藤は鼻で笑ったが、蒼紫は余程彼と「似たり寄ったり」が嫌らしい。彼にしては珍しく、額に手を当てて落ち込んでいるような素振りを見せた。それにまた、斉藤が笑う。

「俺たちが似たり寄ったりなら、女狐さんも同じようなもんだろ」
「失礼ねっ会津にいた頃は操ちゃん並に素直だったわよ!」
「……」
「アンタも黙るな!」

 蒼紫の沈黙はいつものことだが、その沈黙の意味を悟ったらしい恵は声を荒げて長身の男を見上げた。それを見て、斉藤もふん、と鼻で笑う。
 下らない言い合いと、いつになったら気づくのか。つまりは、そう――五十歩百歩。

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