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油断も隙も

 思ったよりも下らなかった一件が落着した。もっとも、落着したと思っているのは自分だけで、逃げ遂せた男の捜索は続いている。その男に関して、どうせまた抜刀斎を取り巻く連中の誰かが聞いてくることだろう。
 という予想はしていたが、それは神谷のガキか小娘かと思っていたため、意外な人物の登場に少しだけ驚いた。

「ほう、珍しい。出不精のお前がこんなところまで来るなど。お前のところの小娘にでも頼まれたか」
「別に」

 怪しげな黒装束に帯刀の男が、よくもここまでやってきたものだ。まぁ確かに今回の一連の事件で混乱した署内、この男にとって忍び込むなど造作もないだろうが。しかも見事に他の人間がいない時を見計らって現れた。全く、他の誰が来るよりも説明が簡単でありがたいことだ。
 大体のことを話すと奴はそうかとだけ言って目を伏せた。その様子に、おやと思う。

「なんだ、他に聞きたいことでもあったか」
「……いや」
「それとも、俺と離れるのが寂しいか?」

 そう言って奴に素早く近づき左手ごと腰を抱く。これで一応いきなり小太刀を抜かれることはない。腕の中の伊達男は、少々不機嫌気味に睨み上げてきた。

「お前の言動は不可解だ」
「理解しようという気持ちがあったのか。嬉しいね」
「ないから不可解だと言っているんだ。離れろ」
「離れろと言う割には大人しいじゃないか。実は期待してるんじゃ……」

 ひゅ、と空を切る音がして目線だけ下に向けると、奴の右手に苦無が握られていた。切っ先はこちらの喉を掻っ切れる位置。やれやれ隠密は物騒なものを持っていると言って離れてやると、素早くはない動きで奴も離れていった。この男といい小娘といい、一体どこに苦無なんか隠し持っているのやら。
 面倒な男だ。落とすにしても力ずくは無理。かといって正攻法で行くには奴の中の「斉藤一」像がひねくれすぎだ。恐らくそれ以上に本物はひねくれているだろうが。
 くくっと笑うと、帰ろうとしていたのであろう男が振り返った。表情から感情は読めない。

「長期戦だなぁ、おい」
「何の話だ」
「俺とお前の闘いだ」
「……お前の言動は不可解だ」
「分かられてたら闘いになってないからな。まぁ、ゆっくりやっていくさ」

 じっくりと獲物を見極め、一瞬の隙を突き捕らえる。この男には悪いが、狙われたらそれで最後と思ってもらう他はない。
 奴は最後に下らない、と言い捨てて、風をまとっていつの間にか消えていった。
 下る下らないは決着がついてから再度問うことにした。

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