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口は災いの元とはよく言うが

 たまたま、その時は本当にたまたま、仕事に絡む婦人と歩いていたところ。それで、あの男とはち合った、というかすれ違った。ただそれだけだった。
 それだけだと思っていたんだが、その後また街中で会った男の様子は、いつもともその時とも違っていた。

「おい」
「何だ」
「何で機嫌損ねてるんだ」

 ほとんど無口で基本的に表情を見せない男だが、機嫌の良し悪しくらいは表に出すらしい。今は、非常に機嫌が悪い。そして、原因は恐らく俺にあるらしいということだけは、雰囲気で感じ取れた。
 しかし、残念ながら原因が何なのか全くと言っていいほど見当が付かない。最近は特に忙しかったから会いに行く暇もなかったが、そんなのはいつものことだから気にはしていないだろう。じゃあ何だ、さっき婦人と歩いていたのが気に入らないのか。より有り得ない。
 原因は分からないが、とりあえず口だけは軽く開いてみることにした。

「何でそんなに機嫌が悪いんだ。何が原因だ? まさか、昼間俺が女と歩いていたのを見たせいじゃないだろ? そんな下らないことでお前が妬くはず……」
「……悪かったな、そんな下らないことで妬いて」

 思っても見なかったことを言われて、怯んだ。数秒反応が返せなかった。しかも、その数秒の間に相手は気配すら掻き消えていた。呆然とする以外、何ができよう。
 軽口は地雷から遠い方を選ぶから軽口で済まされるのだ。なぜ、その軽口が地雷になってしまうのか。常とは違う男の心情を考え、面倒になってやめた。
 そもそも、やましい事など何一つないのだから。何せ、こちらは仕事でやっていたことだ。そして、それをあの男も嫌というほど知っているし、分かっているはずだ。



「仕事なんだから仕方ないだろうと、思うんだが。どうだ?」
「どうて……」

 ワイ相手に愚痴か惚気かなんか分からん話聞かせんで下さい。とも、どう考えても、仕事の辺りの説明一切省いたあんさんが悪いやろ。とも、張は言えないわけで。悲しきかな横暴な上司を持つ張は、ただ斉藤の話を聞いているように見せかけて右から左に流すしか術はなかった。
 ぐだぐだと文句を言う上司、斉藤は「最近構ってやっていなかったから拗ねたのかもなぁ」なんてまた軽口を叩いている。恐らく、いやきっと、絶対にその台詞を四乃森蒼紫相手にも同じ調子で言うに違いない。
 張は溜め息をついた。上司は年を取っている分、相手に手の内を見せないのが上手い。そして、相手の手の内を読むのも上手い。今回は相手の手の内が読めずに、あまりに予定が狂わされたもので、上司自身も多少イラついているのだ。
 口は災いの元、とはよく言うが。

「おっさん、大概にせんとアイソ尽かされんで」

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